惑星の神々シリーズに参加して  by Fuu

心理占星術研究会のスタッフ、fuuです。

ユキコさんの「惑星の神々」シリーズを受けはじめた当初、私はユキコさんの解釈をノートにとることに一生懸命でした。ユキコさんのセミナーと並行して別の講座を受けてみたり、本を読んだり、それはそれは一生懸命勉強していたと思います。そうすると、あちらの先生とこちらの先生の見解が食い違うことがたまにあります。そのたびに私はオロオロし、いつかそれが必要になったときのために、どちらの見解も、非常食のようにストックしておくのでした。

そんなやり方でも、ホロスコープを解釈することはひと通りできるようになりました。けれど、それが相手の魂に響く言葉でないことは、私自身が一番よくわかっていました。なぜならば、それは私の内から出てきた言葉ではなく、いろんな誰かの言葉の寄せ集めだからです。そんな自覚を持ちながら、「惑星の神々」セミナーを受け始めました。

ユキコさんのセミナーは、毎回、「私はこう思うけど、みなさんはどう思いますか?」という、オープンエンドで終わります。実を言うと、1年ほど前に初めてユキコさんのセミナーを受けたときは、ものすごく戸惑いました。だって日本のセミナーでは、たいてい、おみやげとして何らかの答えを持ち帰るようになっているじゃないですか。でもユキコさんのセミナーは、答えというような「正しい」何かは持ち帰れません。ただ、問題文とヒントが与えられるだけです。

もちろんユキコさんの見解を「答え」にして持ち帰ることはできますし、最初の頃の私はそうしていました。でもそれだと、自分の見解をどんなに洗練しても、持ち帰った答えのミニチュアにしかならないのでもったいないことに気づいたんです。

金星のセミナーを終えた後で、金星についてああでもない、こうでもない…とたくさん考えて、そして、美術館や映画、テレビなどで見聞きしたことをそこにブレンドしていったとき、私は生まれてはじめて、自分のなかのぼんやりした灯を、金星として語ることができたんです。そのあとで自分のホロスコープを見たら、なんて守られた金星だろうと感じられました。知識の貯金に励んでいたころだって、その金星が傷ついていることを言葉にすることはできました。でもそのときに初めて、私はこの金星と「目を合わせることができた」と感じました。そして、もし「正しい」解釈というものがあるとしたら、それは自分の心の目で見たものだと気づきました。

それからというもの、ユキコさんの言葉を熱心にノートに書きつけることはやめました。代わりに、ユキコさんの言葉や見せてくれる絵が、私の中を駆け巡るのを楽しんでいます。ユキコさんのセミナーは、惑星なら惑星、サインならサインなど、占星術のひとつの概念(パーツ)が、自分の中にたしかに息づいていることを感じさせてくれるのが最大の魅力です。

たとえば、マッサージの仕方を教わるにしても人体模型を前にやり方を教えてもらうより、一度実際にやってもらったほうがわかったりすることがありますよね。セミナーで触れてもらった部分をゆっくりと感じ、自分の言葉で語り直し、またほかの人のそこに触れることを繰り返すことで、象徴に対する感覚は洗練されるでしょうそして、やがてそれが、自分なりの解釈として結晶化するのだろうなと思います。

ユキコさんからの返信

FUUさん、セミナーの感想をていねいに書いてくださってありがとうございます。まさに私が言わんとするところ、伝えたいところをくみ取って頂いて感激しました。おっしゃる通り、私のセミナーでは今日明日、ホロスコープ・リーデイングに使えるようなレシピ、マニュアルはないのです。そのかわり年月かけて自分の中で熟成させて、内側から洞察が生れ、自分の占星学観を組み立てていけるようなもの。その元になるエッセンスをできうる限りお伝えしたいと願う限り。

自分の勉強体験を振り返りますと、大阪で占星学を教え始めた1999年から、2007年イギリス留学までは、もうそれは必死で占星学の本を読みあさりましたね。2001年、英国占星学協会の年次大会に出席するようになってからは、もっぱらリズ・グリーン、ハワード・サスポータスといった洋書を辞書片手に一生懸命読みました。1年に1冊とか2冊とかが関の山でしたね。

で、2007年、ロンドンのCPAに留学すると、「あ、ここから先はもう占星学の教科書ではダメなんだ。」と。そこから先は占星学の本は一切手放して、大英博物館、ナショナル・ギャラリー、テイト・ギャラリーなんかに日々足しげく通いました。幸いロンドンの美術館博物館は全て無料で、今思えばロンドンにいたからこそCPA卒業できたと、つくづく思いますね。

CPAの授業で「木星」とか「カイロン」とか講義を聞く度、私が感じる木星、カイロンを探し求めて、絵画や彫刻や歴史を訪ねて回っていたわけです。面白いものでそうこうしている内に、「木星」と聞くと、ふと子供の頃に読んだアンデルセンの「裸の王様」の話が心に浮かんだりする。そこでまた「どうして裸の王様なんだろう。」と悩みながら意味づけをしていく。そうしてレポートを書き上げる。その過程で木星が象徴するものへの自分の視点が生れるのです。「真実を照らす星」と考えると、人によっては感情的に辛い体験を示唆することもある、といった自分の見解が見えてくるのに3年かかりましたね。

このオンライン・セミナーでお伝えするのは、占星学の教科書には書かれていないこと。そのかわり一生の年月をかけて熟成させて、それを元に自分の占星学が生み出せるようなものを、と願う次第です。

 

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